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ヨンちゃんとカレンダーの切り抜き [Diary]

診療所(眼科)の午前診も無事に終わり、今月初めて神社に詣て、帰宅して掃除。


もう


毎日、掃除してる。

毎日、ゴミ出しもしているのに。


出てきたのは


天国にいてるヨンちゃんの羽根



カレンダーの切り抜き。


メッセージはヘレンケラーのもので、ヨンちゃんの羽根と一緒に落ちていた。


めちゃ掃除してても、こんなのが出てきたのにはビックリしました。


サプライズ。


ヨンちゃんからFortuneSpice


ヨンちゃん、本当にごめんなさい [Diary]

昨日、普段通りに遊んでいたら
着地に失敗したヨン

私の右足が着くと同時に、彼がいたんです。
親戚の訃報もあり、動物病院に行けなかったのもあり。必死に呼びかけて。

彼は精一杯に生きようとして。
ごはんも、食べたりしてました。

でも、
彼を死なせてしまいました。

私のせい。

昨日から5:30am頃までは生きてました。
私の仮眠して目覚めた瞬間まで。
私を見てから、瞳は閉じて。

父鳥のソラ、兄鳥のイチにも見守られて。

ヨンちゃん、ごめんなさい。
本当にごめんなさい。

もっと遊びや勉強したかったでしょう。

天国で、大好きな母鳥、クウと一緒かな。
クウ、4番目の末っ子、ヨンちゃん。

ヨンちゃん、
最期までヨンちゃんらしくて。
イタズラばかり、食いしん坊、甘えん坊。
生きるからッて頑張ってたね。

どうか、安らかに。

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母、初の三代目JSBライブ [Diary]

昨日の日記になります
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昨日、主人と一緒の予定が変更

母と一緒に三代目JSBライブ

眼科の仕事は変動あるから、内容が同じと思うにしても立場以外にも詳細に注目していくと新たな学びもあるもんですね。と、終業後の一休み時間に話をして、また来週〜って帰宅してライブへの準備〜の帰宅途中に、偶然、主人が背後から声をかけてきた。

あたしの母と弟と1才8ヶ月の甥と遊んだ、と。

その後に言われたのは、ゴメンもなく、

ライブに行けない

その言葉の印象ってのは、

あたしと一緒におるん、行くの嫌なんかいッ

…て、思った。

主人の運転で、あたしと母は京セラドームへ。

主人にありがとう〜して、京セラドーム近くのサイゼリアで母とランチして、ライブ前に手近なグッズ販売エリアでお買い物。

そう…主人にお土産、頼まれたんよね。

GUN(岩田剛典sama)と登坂(登坂広臣sama)のプロデュースグッズ、お願いします
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買えましたよ。一安心。
それは案内スタッフ(男性)のユニークな呼かけのおかげです

人は確かに多めでも、テキパキと会計して下さるのもあってスムーズにグッズを買えて母も喜んでました

ライブは母も大変喜んでましたね。
最初は耳がおかしくなったかも( ;´Д`)

そんな母、ライブになれたら、アリーナ席の間近にみれるとなるとノリノリ

母は登坂広臣samaを推してましたなぁ

それとライブDVDに収録されると聞いては要予約にベストが出るとなると要予約という。

ライブ終了後は徒歩でJR難波、電車で天王寺下車して、タクシーで実家へ。

私は実家で、お泊まりして

今朝、帰宅です

主人は昨日、母の顔をみて、あたしと三代目JSBライブに行って元気になったらいいなと思って、今回は留守番って事で、行きたくないって事ではないんですと話してくれたのは、お昼前。

私達、家族は色々あって、1年になろうとしてる時期に漸く落ち着いてきたかなぁ…て。

おかあさん、喜んでたようで良かったよ

次からは、EXILE tribe、三代目JSBとライブ系は3〜4人でッて事で、貴重な機会に感謝です


ソラ、イチ、ヨンは…【これ、毎日開催】 [Diary]

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背を向けてるのは、父鳥のソラ。
父の話をきく、黒背中のんびり屋のヨン。
父の話を真正面できく、白背中のイチ。
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ソラ「インコ会議してます。」
ソラに気づかれましたが、気にしませんッ

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これがインコ集会の会議中な画(^^)
毎日開催されてます。

2017年ッ [Diary]

旧年中は皆様に何かとお世話になり感謝の1年となりました。

本年は心新しくして、可能な限り動いていきます。 

☆感謝の心を大切に、前向きに最善を尽くしますので、何卒よろしくお願い申し上げます。☆

 †笑顔満ちるHAPPYな一年になりますように†

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数年ぶりに [Diary]

数年ぶりにThe SECRET LANGUAGE of COLOR CARDS(邦題 色に隠された秘密の言葉 カラーカード)。

漠然とオープンしたら、
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41.試練を乗り越える。

乗り越えていくように、
真っ直ぐ最善尽くしていきますよ(^^)

母と【君の名は】 [Diary]

雨でも、ここ最近は普段より忙しいもんで…。


ま。そんなもんか、今時期(^_^;)


母が鑑賞したい映画『君の名は』で貴重な時間を過ごしました。


物語も良く、アニメは素晴らしい(^^)


真後ろにいた10代の方々の素直な反応には

青春やね〜。


この映画は年齢性別問わずオススメ。

誰と一緒でも幸せであるのがエエね(^^)


クウ、天国へ旅立つ [Diary]

突然ですが…
セキセイインコのクウが天国へ旅立ちました。

約3年という、短い命でした。
クウは虹の橋を渡ってしまいました。  

今月は、無精卵を温めて普通だったのですが昨日、また無精卵を産んでしまっていて…

それから元気がないように感じました。
今朝、5時頃は…元気なフリをしてたのかもしれません。

しかし、私が皮膚科に行く前に食欲もなく、かなり衰弱していたので、保温を試みたのですが…帰宅したら、ほのかな温もりでも冷たくなっていました。

私が皮膚科に行く前に、籠の中でうずくまっているから離そうとしても離れず…仕方なく不自然な形でいるクウに『頑張れる?あたし皮膚科行って診察受けてくるから…』とクウに話したらクウはキュウっと鳴いてモフモフとしたのが、最期でした。

無精卵ばかり産んでいた、クウちゃん。

ゴメンねとありがとう…

天国で安らかに…

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ソラが止まり木を… [Diary]

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ピンチやねん〜ッてな顔をしてます^^;
普段から寝床にしてた止まり木を毎日カリカリと削れば、落ちてしまいます。
今日はステージで休んでとお願いしました。
新しい止まり木、買わなくちゃね

久々の更新 [Diary]

更新が滞ってしまい2016年2月ですね。

2015年9月から、私は人生において誰にも打ち明けずにいたことがあります。

極論、本当に自分は生きていて良いのか...。

いきなりって思うでしょうが、そんな心境を昨年12月まで抱えていました。

まず主人の父親(私にとっては義父)を末期がんで闘病中だったのですが、9月の義父の誕生日後から義父から電話があって様子がおかしかったのです。
それで、埼玉県で水害が起きる前に義父は通院している病院に入院をしたいと申し出たのです。

それから義父は入院して、その後、1ヶ月後に他界しました。

大阪と埼玉の往復をしつつ、精神科・心療内科の個人の診療所の医療事務をしていたのですが、10月半ばに解雇されました。

解雇される予兆は9月半ばからあって、院長から『新しい人が来るから、2着白衣を貸してるけど、1着、貸してな。』と。
それに続くかのように総括に大掃除の予定があっても、教えると言いつつも教えてくれなかったこと。

ロッカー等の名札が勝手に変えられていたこと。

トドメは、あたしと新しい人とは絶対に顔を合わさないうようにとシフトを組まされていたという事に気づいてしまったこと。

でも、先輩方は心配してはいましたが院長には意見できず...3ヶ月先に入っていた先輩が精神科・心療内科は初めてでも、眼科と歯科で医療事務10年という素晴らしい経歴もありましたし、新しい人は大ベテランの50代女性と最近知るという…自分らしい現実をしっかり確認した出来事が起きたとはいえ、過去の事であり、その方々のように長く仕事として頑張るだけではなく、他にも知る事が出てくるので前進あるのみですね。

あたしの医療事務の実務経験が1~2年程度であり、先輩方は6年以上であったのも原因ですが、9月から10月に入り、院長はあたしへの粗捜しして難癖に暴言と不快な事がたくさんになっていきました。
パワハラだろうがとにかく退職に追い込もうっていう魂胆が見え見えだったので、辛くてもトコトン耐えました。

そんな中、義父が重篤なのもあって仕事の事も変わらなくてはと思って「今の診療所の仕事は続かないかもしれない」とだけ主人には打ち明けました。
「仕事が続かないかもしれないって、どうして言うの。」って主人に尋ねられましたが、理由など言えませんでした。

余計な心配をかけまいっていうのと、自分から退職を申し出るよりも(辛くて情けなくて悔しいけれども)解雇へ持ち込めばいい...って。

10月20日になる前に解雇を院長から告げられました。
成長の見込みがないと言われ、精神病名をいくつか列挙して疑われたので正式に診察をと願ったものの専門外と言われ(なんちゅう人や。)と思ったけれど胸に収めました。

院長は「制服と鍵を返して下さい。」とのことだったからササッと着替えて全部モノは返して『今ままでありがとうございました~。』と、あたしは解雇を告げられて5分も経たない内に笑顔で出ていきました。

長期の予定でも3ヶ月で仕事を辞める、しかも、解雇自体も初めての経験でした。

院長は色々言っても、つまり、合わない・気に入らなかった...と。いうのが理由。

帰宅して主人にはアッサリ『解雇された~』って打ち明けて、理由もシンプルに『合わないんだって。』と話したら、主人は淡々と「ヒドイな、それ。」...ま。予想通りの返答でした。

翌日に実家の両親には解雇されたと報告、驚かれましたね。
「シフト通りに自転車で20分も走らせて頑張ってたのに。あ!!解雇されたの初めてやんなぁ。(理由も詳細に報告)なにそれ~理由にならんやないの。ヒドイ話やなぁ。」と。

そして「それに埼玉のこと(義父の葬儀・四十九日・遺品整理等。主人の親戚関連もあり)があるから。解雇されたことで今回は落ち込む必要はないし、ピッタシな医療や介護に関係する仕事あるって。」等と叱咤激励を受けてから、あたしは...どうかなと思ったけど、やりましたよ。

【先輩方々には本当にお世話になったから菓子折りを持って感謝の気持ちを伝えなくては】と決意して、実行しました。
どう思われようが関係ない、教わった事が多いのは事実で先輩方が驚こうが関係ないし、感謝を伝えた途端に、気持ちもスッキリしました。

翌々日には義妹に話したらビックリされつつ、楽しく会話しました。(が、後に彼女は「そんなので解雇はヒドイ~~!!」ってなってましたけども。)

解雇されて傷心に自信喪失だとしても(違う仕事)と言い聞かせて、鑑定仕事は次々とあるので心を落ち着かせてとはいえ、気持ちがスッキリとしたとはいえ、色々ありすぎて、特に医療や介護関連の仕事もするぞという決意は解雇されたショックに挫折感も強くて昨年12月までビクビクしてました。

なんせ、そんな経験は初めてで家族や友人や仕事で関わっている人々の驚きとショック、あたし自身ショックが強かったのですから。
ですが、感謝の気持ちを伝えて、色んな事に追われて、時間が経過するにつれて吹っ切れていくもんで、年末年始には『ホンマ、新しいコトせなね。』となってましたね。

年末にたまたま開院33年の近所の眼科で医療事務と診療助手の求人が入口にあって、年末で忙しいから2016年入ってあったら応募しようと思っていたら、2016年1月の求人誌に求人があったので応募して、(現在は毎週土曜日のシフトですが)頑張り始めとなりました。

私が一時お世話になった医師は10年前に他界、姉・弟・妹(御三方は眼科医です。)と40年以上頑張っている先輩方(姉妹で診療助手と医療事務。他の医院での勤務経験もありの方です、はい。)という家族での医院なんですね。

紙カルテにレセコンがあっても仕様が違う上に、眼科の医療事務も診療助手も初めてなのもあって覚える事が多いけれども、とても勉強になります。

冷静になって昨年のスケジュール帳をみると、絶望に失望に挫折感に怒りにと思いっ切り記述しつつも、乗り越える・頑張れる・教訓もあるはずっていう記述もあって。
当時はショックが大きすぎたんだろうが、今となれば、学んだ事が多かったのではないだろうか...と。

これからもマイペースに前に進んでいきますよ